【広島 vs G大阪】 ウォーミングアップコラム:がんばろう、広島。勝利をホームタウンに捧げるべく 野上結貴はピッチに立つ

2018年7月17日(火)


27歳という年齢は、サッカー選手として決して「若い」わけではない。むしろ脂が乗り始める頃であり、4年後の31歳は一般的にはベテランと呼ばれる。今のところ、国際経験がほとんどなく、年代別代表にすら選ばれたことのない野上結貴(写真)が、カタールワールドカップの日本代表に選出されるという夢を見ることは、現実的ではないのかもしれない。
サッカーだけでなくスポーツ選手には運がつきまとうものだ。「運も実力のうち」とか「努力した者だけが、運の神様の前髪をつかむことができる」とか、そういう言葉がスポーツ界では支配的であり、運の存在はしばしば「言い訳」として捉えられる。だが、運の善し悪しは明白に存在していて、自分自身の努力によって変えることはほぼ不可能だ。たとえばシュートがバーに当たって、ボールが内側に入るか、それとも外に出るか。たとえば、ワールドカップ決勝でマンジュキッチ(クロアチア)が必死にクリアしたボールがネットに吸い込まれた事実。それは、人智の及ばない領域である。

野上結貴が年代別代表に選出されなかったことは、彼自身にとっての不運。責任はむしろ、彼ほどの素材を発見できなかった日本サッカー界全体に帰するのではないか。横浜桐蔭大に入ると途端に才能が発見され、大学3年の時(2012年)には横浜FCの特別指定選手になり、翌年にはプロ入り。ルーキーイヤーから主力として活躍して、2016年夏には広島に移籍。今年、センターバックとしてポジションをつかむと、15試合8失点という驚異的な堅守の主人公となった。広島の偉大なる8番・森崎和幸が「素晴らしい才能」と高く評価するほどの逸材はプロ入り以降、1度も進化が停滞していない。だからこそ思うのだ。どうして彼を、もっと早く、発見できなかったのか、と。そういう運命に巡り会えなかった不運を感じる。だが一方で、広島で今、開花期を迎えようとしている事実もあるわけで、その点は幸運だったとも言える。人間の運の総量は決まっていて、野上の運命はこれから、もっともっと好転するのかもしれない。

180センチ・72キロというサイズ以上のスケールを感じさせるのは、驚異的なバネと肉体のしなやかさを持っているから。スピードもあり、レスポンスも速い。昨年はボランチでの出場が多かったからか、プレーが整理できてない印象もあり、集中が切れやすいという印象もあった。だがセンターバックで固定された今季はそういう悪癖もなくなり、J1の強烈なFWたちに仕事をさせない力強さを常に見せ付ける。攻撃でもクサビの質は高く、自らボールを運ぶ技術にも優れる。ハリルホジッチ前日本代表監督が興味を持っていたという情報もあるが、いずれにしてもJリーグを代表するCBに成長したことは疑いない。
城福浩監督の信頼も厚い。確かに開幕直前、それまで主力でプレーしていた野上を外し、そのことが要因となって彼のプレーが荒れたという事実はあった。だが、城福監督は外した直後から野上の振るまいやトレーニングでの様子を観察し、メンタル面での立ち直りを期待した。だからこそ、開幕の札幌戦で千葉和彦が負傷するとすぐに彼を投入。ジェイをほぼ抑えきった実績を評価し、そこからは絶対的な主力として彼を遇した。第2節以降は全試合フルタイム出場。メンバーをシャッフルし、様々な可能性を模索した韓国キャンプでも、ほとんどの時間を主力組で過ごした。押しも押されもしない、J1首位チームの主役の1人である。

だが本人は自分自身の存在について、絶対的なものだとは思っていない。むしろ、いつポジションを失うかわからないという恐怖と隣り合わせにいる。中断前も「千葉さんが(骨折から)戻ってきたら、僕はベンチですから」と自虐的に話し、最近も「僕以外のセンターバックは全員、日本代表経験者。競争が厳しくないはずもない」と苦笑いを浮かべた。
「でも活躍して、次のワールドカップを狙いたいでしょう」
「いや、どれだけ先の話なんですか」
そう言って、彼は笑った。が、その後で、こういう言葉を口にした。
「全ては、チームでの頑張り次第です」
自分がここまで残してきた実績を信じる余裕があるからこそ、出てくる言葉だろう。その自信は、対G大阪戦に対しても同様だった。
「もう相手どうこうではない。自分たち次第だと思っています。いいコンディションを整えた上で、なんとなくのプレーではなく、やるべきことを明確にしてやれれば、最少失点のゲームはできる。僕は、そう思っています」

7月6日から7日にかけて西日本を襲った歴史的な豪雨は、広島をはじめとする中国・四国地方に多大な被害をもたらした。全国で219人を数えた犠牲者のうち、広島県だけで108人。この大災害をうけてサンフレッチェ広島は13日、「がんばろう、広島」のスローガンのもと、広島市内で選手・スタッフ合わせて70人が街頭に立ち、1時間で171万2105円もの募金を集めることが出来た(復興支援金として広島県に全額寄付)。その募金活動に参加した野上はこの時、人々の想いを痛切に感じたと言う。
「広島の皆さんの前向きな姿勢を感じたし、ここからまた復活するんだという気持ちが、この募金額にも表れたと思います。だからこそ、広島でサッカーをやらせてもらうことの意味を感じないといけないし、広島に元気を生み出すためにも勝利が求められる。G大阪も大阪の地震のことがあって「ホームタウンのために」という気持ちは変わらないと思う。それでも僕たちは勝って、サンフレッチェ広島というチームで広島を盛り上げていきたい」

サッカー選手がこういう大災害の時にできることは、全力で戦い、走り、団結することによって地域の人々の気持ちを高揚させ、「私たちも頑張ろう」と心を動かす起爆剤になること。それはおそらく、スポーツ選手でしかできないことだ。敗戦直後の日本人に希望を与えたのは、競泳で世界記録を連発した古橋廣之進であり、ボクシングで日本人初の世界チャンピオンになった白井義男であり、ホームランブームをつくった青バットの大下弘や弾丸ライナーで巨人の黄金期をつくった赤バットの川上哲治だった。原爆の荒野の中で呆然となっていた広島の人々に最高の勇気を贈ったのが広島カープの設立だったし、東日本大震災で打ちのめされた東北の人々を熱狂させたのはベガルタ仙台の躍進であり、東北楽天ゴールデンイーグルスの優勝であった。

スポーツに力があることは、歴史が証明している。その素晴らしい力を、サンフレッチェ広島とガンバ大阪が災害の爪痕が残る広島の地で見せてくれることを、そしてそれが被災された人々の心に勇気の灯火となり、犠牲になられた方々に対する鎮魂とならんことを、心より願う。その想いを強くもって、野上結貴をはじめとする選手たちはピッチに立つだろう。その姿を今こそ、目に焼き付けておきたい。

文:中野和也(広島担当)


明治安田生命J1リーグ 第16節
7月18日(水)19:00KO Eスタ
サンフレッチェ広島 vs ガンバ大阪
エディオンスタジアム広島(サンフレッチェ広島)
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